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ごっちち
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各部合同協議会での池田先生のスピーチより 2006.3.28聖教新聞より抜粋
戸田先生の、青年部に対する訓練は厳しかった。それらはすべて、皆を一流の指導者に育て上げようとの厳愛であった。  あるとき,「戦いに参加できないということは、もっとも悪い。はってでも来ようという精神がなければ、弟子の道ではない」と言われたこともある。  何があろうと、いざというときに馳せ参じてこられないのは、本物の弟子ではないと教えてくださったのだ。 “広布の会合には、何としても行くのだ!”という精神が薄れ、要領や弁解が始まると、そこから弱くなっていく。  崩れてしまうか。さらに伸びていく... ...続きを見る

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2006/03/29 17:36
ご指導 平成18年2月16日聖教新聞より転載
 「冬来たりなば、春遠からじ」である。  「開目抄」には「一華を見て春を推せよ」(同222n)と仰せである。 人生の冬≠烽ワた、胸中に太陽の仏法を抱いて進めば、必ずあたたかな春を迎えることができる。  大聖人の有名な一節を、ともに拝したい。  「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を」(同1253n)  人生は戦いである。勝たなければならない。  また、必ず勝っていけるのがこの仏法であ... ...続きを見る

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2006/02/20 11:31
ご指導 平成16年2月16日聖教新聞より転載
大聖人は御義口伝で、法華経・常不軽菩薩品の「心無所畏(心に畏るる所無かりき)」の文を、こう講義されている。  「心無所畏とは、今、日蓮およびその弟子たちが、南無妙法蓮華経(の偉大さ)を叫ぶ折伏である。」(同765n、通解)  すなわち、折伏の魂は、何ものも恐れない「勇気」である。  そして、その「勇気」の一念に、一切が、そなわっていくのである。  「勇気」即「慈悲」である。  「勇気」即「智慧」である。  「勇気」即「幸福」である。  「勇気」即「歓喜」である。  「勇気」即「正... ...続きを見る

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2006/02/20 07:00
ご指導 聖教新聞5.8.9より転載
いざという時に決然と立ち上がる。その人こそ真の英雄である。  大きな試練の時こそ、永遠の大福運を積むチャンスなのだ。  ひるんだり、落ち込んだりしても、何も始まらない。  ます祈ることだ。祈れば、道は開ける。最後は絶対に幸福になる。  「これでまた題目をあげられる」と考えを変えるのだ。全部が自分の得になる。  健康を大事にしながら、大生命力をわき出して、困難をも笑い飛ばしていくのだ。楽しんでいくのだ。  大変であればあるほど、強く、また強く!朗らかに!  愉快に、希望の歌を歌いなが... ...続きを見る

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2005/08/09 14:26
法華経の智慧より 第二巻 P258
苦労もない、悩みもないというのでは民衆の心がわかるわけがない。人生の辛酸をなめた人であってこそ人々を救うことができるのです。  自分の苦しみを「業」ととらえるだけでは後ろ向きになる。それを、あえて「使命のために引き受けた悩みなのだ」「これを信心で克服することを自分が誓願したのだ」と、とらえるのです。  願兼於業は、この「一念の転換」を教えている。宿命を使命に変えるのです。自分で立てた誓願ゆえの悩みならば、絶対に乗り越えられないはずがない。 ...続きを見る

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2005/05/10 21:51
法華経の智慧 第一巻より
諸法実相の眼で見れば、「いま」「ここ」が本有の舞台です。本舞台なのです。「此を去って彼に行くには非ざるなり」(御書七八一n)です。 「宿命」とも思えるような困難な舞台も、すべて、本来の自己の「使命」を果たしていくべき、またとなき場所なのです。  その意味で、どんな宿命をも、輝かしい使命に転換するのが、諸法実相の智慧を知った人の人生です。  そう確信すれば希望がわく。出会う人々、出会う経験すべてが、かけがえのない「宝」となる。                                ... ...続きを見る

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2005/05/05 17:36
我が友に贈る 2005.3.5聖教新聞より転載
心を打つものは 心である。 真心の祈りと言葉は 友の心に必ず届く! 大誠実で勝て! ...続きを見る

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2005/03/05 10:16
我が友に贈る 2005.3.2聖教新聞より転載
妙法の大良薬で 乗り越えられない 苦難は絶対にない。 ゆえに負けるな! 強きで進め! ...続きを見る

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2005/03/02 13:02
新人間革命より 2005.2.24聖教新聞より転載
広宣流布の前進を阻むものは、外にあるのではなく、自身の内にこそあるからだ。  臆病や弱さは、あきらめを生み、「もう、だめだ!」「これ以上はできない」と、自分の壁をつくり出してしまう。  また、慢心は、油断と安逸を生み、敗北の墓穴を掘る。  その心を打ち破り、自らを折伏するのだ。  壁を破るには、腹を決めることだ。  断じて成し遂げてみせると、一念を定め、御本尊に誓願の題目を唱え抜くのだ。  そして、勇猛果敢に行動せよ。走りだせば加速度がつく。勢いが増す。 ...続きを見る

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2005/02/24 19:42
御書
月は山よりいでて山をてらす、わざわいは口より出でて身をやぶるさいわいは心よりいでて我をかざる。                                         十字御書 P1492 ...続きを見る

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2005/02/22 16:33
名字の言 2005.2.19聖教新聞より転載
仏典で有名な不軽菩薩の礼拝。これも、見方を変えれば、究極の「相手の身になる」修行と言えまいか。不軽は「この人も必ず」「あの人も絶対」と、万人の生命に仏性を想像し、「あなたも必ず仏になれる」と、メッセージを送り続けた。「この人だけは無理」、という例外はなかった。  まずは、友の話に、ひたすら耳と心を傾けよう。そしてホシとなる励ましを。「共感力」が、人の心を開くことを忘れまい。 ...続きを見る

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2005/02/19 16:56
指導 2005.2.15聖教新聞より転載
「ない知恵を絞り、汗水たらして一生懸命になるから不可能も可能になる。このとき、御本尊の加護が厳然とあらわれるのです」  まったく、その通りである。信心しているから、何とかなるだろうというのは、本当の信心ではない。信心の堕落である。  「断じて成し遂げてみせる!」という必死の一念と行動があってこそ、御本尊の加護があらわれてくるのである。  先生は、こうも断言された。  「どんなことがあっても、根本に強盛な信心だけは決して忘れてはならない。信心で、いかなるものにも必ず勝てるからだ」  強盛... ...続きを見る

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2005/02/18 19:05
御書
夫れ運きはまりぬれば兵法もいらず果報つきぬれば所従もしたがはず、所詮運ものこり果報もひかゆる故なり、ことに法華経の行者をば諸天善神守護すべきよし属累品にして誓状をたて給い一切の守護神諸天の中にも我等が眼に見へて守護し給うは日月天なり争か信をとらざるべき ...続きを見る

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2005/02/12 20:43
先生のご指導2004.10.10
祈り−それは、あきらめない勇気だ。自分には無理だと、うなだれる惰弱さを叩き出す戦いだ。"現状は変えられる!必ず!=B確信を命の底に刻み込む作業だ。 祈り−それは恐怖の破壊なのだ。悲哀の追放なのだ。希望の点火なのだ。運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。自らを信じよ!卑下するなかれ!卑下は仏法への違背だ。胸中の仏界への冒涜だからだ。 祈り−それは我が生命のギアを大宇宙の回転に噛み合わせる挑戦だ。宇宙に包まれていた自分が、宇宙を包み返し、全宇宙を味方にして、幸福へ幸福へと回転し始める逆転のドラマ... ...続きを見る

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2005/02/10 17:34
指導
「幸福な人」とは、どうゆう人か。結論的に言えば、それは「強い人」である。「不幸な人」はだれか。それは「弱い人」である。  強い人は、何でも楽しめる。何かあればあるほど、ますます強くなっていく。  日蓮大聖人は「兄弟抄」に「石はやけばはいとなる金は・やけば真金となる」(御書1083ページ)−石は焼けば灰となる。金は焼いて鍛錬すれば、いよいよ素晴らしい金となる−と仰せである。  これが「道理」である。人間も同じである。  苦しみ、悩みという”火”に焼かれたとき、弱き”石の人”は、負けて灰とな... ...続きを見る

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2005/02/05 18:12
御書 聖教新聞2005.1.31より転載
我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑わざれ 現世の安穏ならざる事をなげかざれ                                         開目抄 全集P234 ...続きを見る

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2005/01/31 18:12
指導 2005.1.30聖教新聞より転載
人間の一生とは、自分らしい自分の個性を、思う存分に発揮し、思う存分に開花させていくためにある。難しく言うと「自己実現」です。これを「人間革命」と言ってもよい。  この世に生まれてきた以上、絶対に自分にしかできない自分の使命がある。そうでなければ生まれてはこない。宇宙は決して無駄なことはしない。何か意味がある。 ...続きを見る

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2005/01/30 09:34
御書 聖教新聞2005.1.29より転載
譬えば闇鏡も磨きぬれば 玉と見ゆるが如し、只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり 是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし                         一生成仏抄 全集P384 ...続きを見る

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2005/01/29 12:13
我が友に贈る 2005.1.28聖教新聞より転載
「友の幸福を祈る」 「人のために尽くす」 その人が最も尊い! リーダーは 最敬礼で感謝を! ...続きを見る

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2005/01/28 09:20
指導 2005.1.27聖教新聞より転載
経済苦や病苦と格闘している友もいる。また人生は、だれしも悩みとの戦いだ。 フランスの作家シャトーブリアンが綴ったように「大きな心の人は小さな心の人よりも多くの悩みを持つ」(中畠敏郎訳)ものであろう。 なかんずく、広宣流布の使命に生きゆく人生は「煩悩即菩提」であり、大きく悩んだ分だけ、大きく境涯が広がり、大きく福運が積まれる。 仏法は「変毒為薬」の大法である。何があろうとも、必ず乗り越えていくことができる。また一つずつ絶対に打開できるように試練が現れてくるのが「転重軽受」の甚深の法門である。... ...続きを見る

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2005/01/27 10:31

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